2024.06.19
超高齢化社会における地域医療を支えていくために
超高齢化社会における地域医療を支えていくために。
救急・在宅・入院が一体となった「救急総合ケアシステム」を始動。
最前線の現場には、手を差し伸べるべき様々な課題やニーズがある
超高齢社会となった現在の日本において、高齢者の医療や暮らしをどう支えていくかということは非常に大きなテーマとなっています。厚生労働省も「団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される」仕組みが必要だとし、2003年から「地域包括ケアシステム」の構築を推進しています。簡単に言うと、今後の日本の高齢者医療においては、訪問診療や訪問看護、あるいは介護に力を入れて、病院のベッドだけでなく在宅で高齢者を支えていけるようにしましょうという動きです。
しかし、こうした国の方針がある中で、最前線の現場にはやはり様々な課題があります。高齢者の在宅医療を支えている地域の診療所(クリニック)や訪問看護ステーションは、小規模で運営されているところが多く、クリニックであれば医師が1人で開業されているということも珍しくありません。訪問診療や訪問看護をされている方が現場で何に困るかというと、患者さんの病状が悪化するなど容体が急変した時に、その場での対処が難しい場合があったり、救急車を呼んでも搬送先がなかなか決まらない、ということが起こった時です。そしてこれはしばしば起きます。
なんとか搬送先が決まったとしても、いつも来てくれている医師や看護師のいない「知らない病院」に搬送されることで、患者さんやご家族が不安を感じてしまう、といったことも起こりえます。あるいは、患者さん本人の調子はいいけれど、介護をしているご家族が体調不良やストレスなどで介護を少し休みたいということもあるでしょう。そんなときに、たとえ患者さんが緊急を要する疾患ではなかったとしても、「レスパイト」といって、患者さんが入院できるように調整してくれる病院があり、それが、患者さんにとってなじみのある病院だったらみんなが安心です。そういった受け皿の機能を持つ病院があると、現場で在宅医療にあたっている方々は、より安心して地域医療に力を発揮することができますし、患者さんやご家族の安心にも繋がります。
救急・在宅・入院が一体となって、地域医療に貢献する
私たちは、高齢者の在宅医療を支える医療関係者が安心して働けるように協力体制を整え、地域医療を推進するために川崎病院の「救急総合ケアシステム」を立ち上げました。このシステムは、救急・在宅・入院を一体化し、地域の医療機関や介護施設と連携しながら、高齢者に途切れない医療を提供するものです。「困った時には川崎病院が支えます」といった支援体制を整え、在宅医療を望まれる方が諦めることなく、住み慣れた家で家族と過ごせるようサポートします。
「救急・在宅・入院が一体となって」というのはこのように、1つ1つがバラバラではなく噛み合って一緒にうまく回るようにするということです。このシステムを通じて、在宅医療を受ける患者さんとそのご家族、在宅医療を支える方々、救急隊、病院、みんなが安心できる地域医療づくりを深めていきたいと考えています。
地域ごとに異なる課題、患者さんごとに異なるニーズ。
川崎病院だからこそできる役割で、より柔軟に地域医療に貢献する。
在宅医療を支える医療者を支える
国が推進する「地域包括ケアシステム」では、病院がそれぞれ異なる役割を果たし協力して地域医療を支えることが求められています。しかし、地域によっては、急性期病院や回復期病院、在宅療養支援病院など、それぞれが別の機能を持つ病院が近くに揃っていないこともありますし、在宅医療を行っている診療所が少ないこともあります。川崎病院のある神戸市兵庫区でも、回復期病院や在宅医療を担うクリニックが決してたくさんあるとは言えません。診療所の先生ご自身がご高齢でありながら、地域のために診療を続けてくださっているという状況もあります。ひとえに「地域包括システム」と言っても、地域ごとにいろいろと状況が異なりますので、時には足りない機能があります。川崎病院はそのような地域の課題を解決できないかと考え、「救急総合ケアシステム」を始めることとなりました。この取り組みが、他の地域の課題解決の参考になればと考えています。
患者さんごとに異なるニーズにも応えられる体制づくり
日本全体で高齢化が進んでいますが、川崎病院の周辺地域でもまた高齢化が進み、85歳以上の方がどんどん増えています。医療を必要とする患者さんも増えていっているわけですが、患者さんの希望される治療は年齢によって異なります。たとえば、がん治療ひとつにしても「選択される治療」が人それぞれまったく違います。65歳でがんになった場合は積極的な治療を望む方が多いものですが、90歳になると「痛みを取るだけで良い」「自宅で過ごしたい」といった希望が増えます。つまり、社会の高齢化に伴い、在宅での緩和ケアを求める患者さんも自然と増えるため、医療者はその希望に対応できる体制を整える必要があります。
とはいえ、在宅での緩和ケアは簡単なことではありません。例えば高齢のがん患者さんの場合、在宅医療を選択しても、合併症や体調不良で訪問看護を頻繁に必要としたり、想像していた以上に在宅生活が困難だった…ということもよくあります。また、ひとくちに「在宅医療」と言っても、医療のニーズは患者さんごとに異なりますから、「病状が安定しているけれど、通院するのが難しいため在宅医療を行っている患者さん」と「高齢のがん患者さん」では、医療の必要度合いも、医療サイドからの関わり方もかなり違ってきます。患者さんの希望する在宅ケアを支えるためには、川崎病院の在宅医療チームをはじめ、地域の先生方や訪問看護ステーションなどと連携して「1つのチーム」として動くことが重要だと考えています。救急総合ケアシステムは、地域で患者さんを支える方々と川崎病院を繋げる仕組みにもなっていますから、このシステムを通じて、高齢者の医療ニーズに幅広く対応できることが大きな意義を持っていると思っています。
高度急性期病院が、その機能を果たしやすくなるように
一方で、救急専門病院や大学病院などの高度急性期病院に対しても、この救急総合ケアシステムで役立てることがあります。
例えば、高齢の患者さんが大学病院で高度な治療や手術を受けたあと、患者さんやご家族が「不安だからもう少し入院していたい」と思っても、希望する入院期間が確保できず不安な気持ちを抱えたまま退院する場合があります。これは病院の機能ですからある程度は仕方のないことではありますが、だれにも相談することができず、退院後に困難を抱えてしまう、というケースは決して少なくありません。川崎病院は、そうした患者さんをまずは受け入れて、リハビリや在宅での療養の準備を一緒にして、できる限り不安なくご自宅で過ごせるよう患者さんを地域へつないでいきたいと考えています。このような動きも救急総合ケアシステムの中で私たちができる役割で、これにより、大学病院は本来の機能としての急性期治療に専念でき、川崎病院は地域医療に貢献することができます。
総合診療科と専門医の連携が「医師のレベルアップ」と「途切れない医療」につながる
各診療科の専門医と連携することで、総合診療科の質が磨かれていく
救急総合ケアシステムでは、院外との連携だけでなく、院内での連携も欠かせません。当院の訪問診療チームが在籍する総合診療科は、このシステムを立ち上げる前から急性期病院ならではのレベルアップを図ってきました。頼まれたら適切に患者さんを引き受け、必要に応じて院内各診療科の専門医とコミュニケーションをとります。常に専門医とやりとりをしている間に自身もまた経験値がつき、知識と臨床の力が上がってくる。それを日々繰り返すことで、患者さんを総合的に診る力がどんどんついていく。このように総合診療科のレベルが上がっていくことは、訪問診療のレベルアップにもつながります。
訪問診療をしている患者さんに、専門性の高い治療が必要になった場合、通常はその病気の専門医に引き継がれます。しかし、当院では専門医と一緒に協力しながら共同で患者さんを診ていきます。患者さんの病状が良くなったり悪くなったりする病状の変化や、入院から在宅に至るまでの一連の経過を専門医と一緒に診ていくことによって、医師にとっても途切れない医療を経験することができるのです。これらの医師同士の連携により、総合診療科のレベルが向上していると実感していますし、救急総合ケアシステムを通じて、地域の先生方とも「一緒に診ていく」という経験を積み重ねていけたらと思っています。
最先端の医療を行うホスピタリストも、在宅に出向く
川崎病院での総合診療科と各診療科の連携は、入院中に限ったものではありません。逆に、入院患者さんを専門に診る「ホスピタリスト」とよばれる医師が、総合診療科のチームに加わって在宅に出向くこともあります。
例えば、循環器内科の医師がカテーテル治療を行い入院経過を診ていた患者さんが、退院して在宅で緩和ケアを受けることになった場合。これまでは地域の診療所の先生に、患者さんのその後の治療をお任せするため、退院後の患者さんの様子はほとんどわからないものでした。カテーテル治療のような最先端の医療を行う急性期病院の医師が、在宅での緩和ケアを希望される患者さんを、退院後も引き続き在宅で診るということは通常あまりないことだと思います。ですが川崎病院では、この救急総合ケアシステムをはじめたことで、入院と在宅の垣根を越えた動きをとりやすくなりました。ホスピタリストであっても、病院から患者さんのもとへ出向く医療を抵抗なくできる医師は、実際に患者さんから退院後も診てほしいという依頼があれば、総合診療科と協力しながら患者さんのご自宅へ行き、在宅医療を行います。患者さんの病状が悪くなって、緊急の往診が必要になった時に担当医が出向けない場合もありますが、その時は行ける医師が行くという診療科を越えてバックアップしあう体制が、救急総合ケアシステムを通じてより強化されました。入院時に担当していた医師が在宅でも引き続き治療に関わることは、患者さんにとっては安心していただけることだと思いますが、ホスピタリストである医師にとっても、入院・在宅の医療の継続性を実感することができ、医師自身の経験値につながるものです。
入院と在宅での提供する医療は全く違うものです。ですが、在宅医療でも専門性の高い医療ができるに越したことはありませんし、ホスピタリストも入院中のことだけでなく在宅医療へ歩み寄れたほうがいい。それはお互いにわかってはいたけれど、これまではタッグを組むのはなかなか難しいものでした。でも、救急総合ケアシステムを通じて、この大きな一歩を踏み出すことが、これからの時代の中で求められている地域医療を支えるために必要な挑戦のひとつだと私たちは考えています。
最期の時間をどう過ごすか?家族も含めた「癒し」を考えて何ができるか?それを提供できる医療チームが、これからのニーズだと実感している。
医療だけでなく、スピリチュアルな部分にもいかに寄り添っていけるか
残された時間を、病院の中で他人に囲まれながら天井を眺めて過ごすか。それとも、住み慣れた自宅で家族と過ごすか。もし仮に残された時間があと7日で、在宅を選ぶなら5日になるという場合だったとしても、「短くなってもいいから、家に帰りたい」と思う方は多いと思います。最期の時を迎えると、その日数よりも、残りの1日1日をどう過ごすかが大事になってくるのです。
ではそれをどう実現するかということに、私たちはもっと力を入れていく必要があると感じています。入院中に診ていた医師が在宅医療チームに加わって在宅診療にも出向くという新たな動きも、その一環です。患者さんもご家族も、入院中に診てくれていた先生が訪ねて来てくれたら安心できますし、亡くなられた時にも「よく頑張ったね」と笑顔で送り出せる気持ちになる。医療そのものというよりも、スピリチュアルな部分に寄り添うような感じではありますが、でもおそらく、これからはこういうことがすごく求められていくと思うのです。寿命、つまり残った時間の延長を求めているのではなく、残った時間をどう過ごしたいか。患者さんがそこに重きを置く状況になると、そのための医療を提供できるチームに身を委ねるしかありません。
とはいえ、どこにでもそんなチームがあるわけではないのが現状です。家に帰ったのはいいけれど、患者さん自身が「あまりにつらすぎてやっぱり病院に戻りたい」という場合もありますし、ご家族が「こんなに痛い痛いって言うんだったら、自分たちの気持ちがもたない…」ということでまた患者さんが病院に戻ってくる場合もあります。ケースバイケースです。でも、「もしもそういう状態になったら、いつでも病院に戻りたいと言ってくれていいですよ」と病院側である私たちが言えることで、患者さんは思い切って家に帰ることができます。
たった1日しか家に帰れなかったとしても、患者さんは最期の望みを叶えることができる。送り出すご家族も「わがまま言わないで…」と患者さんを説得していた記憶ではなく、「ちょっとの間でも家に帰って思い出がつくれたね」という記憶になる。最期の時間をつくることは、患者さん自身の希望を叶えることが1番の目的ではあるけれど、送り出すご家族にとってもすごく記憶に残ることですから。「そもそも治療はいらない」「治療法がない」という患者さんに対しては、ご家族も含めて、どうやって「癒し」をつくっていくかというところが大事なのです。それをしっかりと提供できる医療チームを、地域の中で力を合わせて増やしていく。救急総合ケアシステムの動きは、そこにもつながっています。
地域社会のニーズをきちんと理解し、取りこぼさず、継続していくことが大切。
「社会のニーズにあっているか?」という自問自答を重ねながら
国が推進する地域包括ケアシステムは、超高齢化社会におけるこれからの医療や福祉の方向性を示すものではありますが、それを実現していくにはそれぞれの地域で力を合わせていかなければなりません。地域ごとに事情も違えば、高齢患者さんごとに必要な医療やケアも、その背景も異なります。国から示された方針だけではカバーしきれない現場のニーズに、どうすれば応えていけるか。地域の中でニーズをしっかりと拾って、考えて、行動して、その輪を広げていく。そこに貢献するために、私たちは救急総合ケアシステムを立ち上げ、新しい連携の仕組みもつくりながら様々なことに取り組んでいます。
ですが、新しいシステムをつくって走っていくことに、不安がないわけではありません。だからこそ、「この救急総合ケアシステムでの新しい動き方は、社会のニーズにあっているか?」「これはAのニーズに応えている。Bのニーズにもかなっている。では他に何ができるか?」と自問自答し続けています。地域社会のニーズをきちんと理解し、取りこぼさず、継続していけるようにすることが大切だからです。私たちの取り組みを知っていただくことで、また他の病院や他の地域にもこうした動きが広がって、多様化・複雑化する社会のニーズに寄り添っていける地域医療づくりのきっかけになれたらと願っています。
プロフィール
副院長 松田 守弘 内科医/救急総合ケアシステム推進本部長
内科総括部長・総合診療科主任部長・救急科主任部長