2023.11.08
川崎病院におけるプライマリ・ケアの使命(前編)
医療法人川崎病院は、神戸市兵庫区に位置する278床の中規模急性期病院です。200床以上の急性期病院で在宅医療を行う施設は全国的にも珍しい中、2021年から訪問診療を開始しました。この活動を通じて、中規模急性期病院が訪問診療を提供することの重要性と使命について、内科・総合診療科(家庭医療専門医・在宅専門医)の松島和樹先生に話を伺いました。
プライマリ・ケアの重要性と役割
年齢や性別にとらわれず、全科にわたって診療を行う総合的な医療
プライマリ・ケア*1について、総合診療(家庭医療)の専門医としての視点から教えていただけますか?
プライマリ・ケア(Primary care)とは、簡単に言えば普段から何でも診てくれて、相談に乗ってくれる身近な医師(いわゆる、かかりつけ医)による医療です。
特定の病気・臓器に特化した専門医療とは違って、多角的な視点で患者さんを診ることが重要とされています。年齢や性別にとらわれず、全科にわたって診療を行う総合的な医療です。赤ひげ先生やDr.コトーのような医師というとイメージしやすいかもしれません。
川崎病院の総合診療科は、院内での外来や入院診療だけでなく、通院が難しい方々への訪問診療も提供しています。ただ、プライマリ・ケアは現代の都市部においても重要かつ必要な医療です。さまざまな診療科を受診しても原因不明の慢性的な痛みや不快感、しびれなどの症状で迷っておられる患者さんや、診断がついても現在の医学では治癒が難しく困っておられる患者さんがいらっしゃいます。これらの難解な状況を継続的に診察し、生活を支えていくのが私たちの使命です。
地域の診療所や多職種と連携・協力し、支援を求める人々に手をさしのべる
地域連携で、総合診療のセカンダリ・ケアやターシャリーケアを強化
総合診療医は本来、プライマリ・ケアの専門家であり、一次医療や日常的な相談に焦点を当てる役割です。しかし、川崎病院は急性期の医療を提供する施設であり、むしろセカンダリ・ケア*2 やターシャリーケア*3 を強化しようとしています。
そんななかで、果たすべき総合診療医としての役割は何か、ということをよく考えます。川崎病院を取り巻く地域環境や住民の方々の生活をもっともっと診ていかなければわからないことではありますが、まずは地域の訪問診療をされている先生方と協力し、地域の医療をリードする立場として機能したいと考えています。
たとえば、地域の診療所(クリニック)から「ある患者さんが、症状が続いていて困っているので調査してほしい」というように当院に紹介されることがあります。これらの患者に対しては、さまざまな背景を考慮しつつ、当院で診察を引き継ぐ場合もあります。また、地域の総合病院や川崎病院内の診療科に紹介したり、逆に在宅医療の依頼を受けたりと、連携して診療を行うこともあります。
地域医療の視点からは、地域社会で支援が必要な人々を救うことも私たちの役割です。コロナ第4波の際には、病院に来ることが難しい人々に対して、医師会の先生方と協力して往診を行いました。今も地域ケア会議などの会合に参加し、地域の生活状況を把握した上でニーズを洗い出し、多職種で連携して対応したいと考えています。
地域全体の健康を保護するためには、さまざまな健康課題に柔軟に対応し、専門性を高めることが求められます。地域と連携を図り、地域全体の健康をサポートすることが、健康な社会を築くための重要な一歩となればと考えています。
病気だけでなく、人を診て生活を診る
疾患の幅広さだけでない患者さんの背景と個性
総合診療科では、病気に関する幅広い知識も必要ですが、患者さんの生活背景を診たり、キャラクターを診て、何が症状の原因になっているのかを見極めていきます。本当にさまざまな背景を持つ方がおられます。
「生物、心理、社会的な視点」で患者さんを診ることで、複雑困難事例への対処がしやすくなります。性格的にもなかなかケアが入りにくい人や、気がつけば死の寸前になっている人など、都市部ならではの心理社会的に複雑な背景を持ち、なおかつ病気も持っている人たちをケアするのが、まさに私たちの使命です。
その人の生活背景や状況、価値観に応じて、この人にはこれぐらいの治療が生活の質も保てて良いのではないか、この人は当院ではなく大病院で治療する方がいいのではないかなど、人に応じて柔軟に対応しています。生活を診るというのは、患者さんがその人らしく生きられるような、より良い対応を考えるために必要なことだと思います。
病気と深く関わる社会的な相互関係
SDH(Social Determinants of Health:健康の社会的決定要因)という概念があります。人の健康や病気は、社会的、経済的、政治的、環境的な条件によって影響を受けるという考え方です。たとえば、住居環境や雇用の状況、地域のつながりの乏しさ、社会制度の問題など、個人では変えようのない社会的な影響が多かれ少なかれ加わって病気を引き起こしているということです。このような要因によって健康格差が生まれます。時には、そういう視点も必要で、変えられる環境があるなら変えていこうという動きができればいいなと思っています。
近年、総合診療を軸に、通院できなくなっても在宅医療と介護で支え、幸せに過ごせる地域社会を実現しようというコミュニティホスピタル構想が注目されています。そこでは、「病気を診る医療ではなく、患者を診て、社会を診て、治し、支える医療への転換」とうたっています。
- 1)プライマリ・ケア(一次医療):患者の抱える問題の大部分に対処でき、かつ継続的なパートナーシップを築き、家族及び地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医によって提供される、総合性と受診のしやすさを特徴とするヘルスケアサービス(一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会HPより)
- 2)セカンダリ・ケア(二次医療):第2次医療機関(主に病院)において提供される専門的な医療(厚生労働省HPより)
- 3)ターシャリーケア(三次医療):高度機能を有する医療機関において提供される高度に専門的な医療(厚生労働省HPより)
関連リンク
プロフィール
松島 和樹 家庭医
2011年神戸大学卒。神戸市立医療センター中央市民病院で初期研修を修了し、福岡県の飯塚・頴田家庭医療プログラムで後期研修を行う。2016年に家庭医療専門医を取得。関西家庭医療学センター/金井病院 家庭医療センター長を経て、2021年から医療法人川崎病院総合診療科医長。2023年11月からは、新設した「在宅医療センター」のセンター長を務める。